300kgの海獣から学んだ「学習の本質」
なぜ私たちは「力」ではなく「環境」をデザインするのか
はじめまして。東京港区・南青山にあるペットサロン&ホテル「dog fun」でトレーナーをしております、篠原です。
ドッグトレーニングのブログであるにも関わらず、第1回目のテーマがなぜ「水族館」なのか。不思議に思われるかもしれません。
実は、私がドッグトレーナーとして現在行っているトレーニングメソッドの原点は、すべてこの「水族館での経験」にあります。
私たちdog funは、南青山という土地で、経営者や専門職の方々の愛犬をお預かりしています。皆様がビジネスにおいて論理や戦略を重視されるように、犬の行動変容にも「科学的根拠(エビデンス)」と「戦略的な環境設計」が必要です。
今回は、私が海の生きものたちから学んだ、動物行動学の核心についてお話しさせてください。
海の生きものたちとの5年間
The Origin - 私のトレーナーとしての原点
私のトレーナーとしてのキャリアは、犬ではなく、イルカやアシカ、セイウチといった海獣類のトレーニングから始まりました。彼らの体重は300kgから500kgにも及びます。
想像してみてください。500kgのセイウチが動きたくないと言ったとき、人間の腕力で無理やり動かすことなど不可能です。首輪をつけて引っ張ることも、力で抑え込むこともできません。
だからこそ、水族館のトレーナーにとって「力」という選択肢は最初から存在しません。必要なのは、行動分析学に基づいた「学習の仕組み」への深い理解だけです。
●どんな刺激(環境)がその行動を引き出しているのか?
●その行動の結果、動物は何を得て(強化されて)いるのか?
私たちは常にこのサイクルを観察します。「言うことを聞かないから反抗的だ」といった感情的な解釈は一切排除します。その代わりに、「どんな環境下で、どのような経験がその行動を維持させているのか」を徹底的に読み解くのです。
この「観察と分析」のプロセスこそが、私にとっての動物と関わる上での揺るぎない基礎となりました。
あるアシカのエピソード
Case Study - 忘れられない経験
「協力してもらう」のではなく、「協力したくなる環境をつくる」。その重要性を痛感した、忘れられない経験があります。
当時担当していたアシカの中に、白内障の手術を控えた個体がいました。視界はほとんど奪われており、見えない恐怖から極度の警戒状態にありました。
手術当日は麻酔が必要ですが、ストレスがかかった状態では麻酔の効き目が薄くなります。そのため、物理的な拘束(保定)なしで麻酔注射を受け入れ、さらに自らの足で移動用の檻に入ってもらう必要がありました。
力ずくで押し込めば、トラウマを残し、二度と人間に近寄らなくなるでしょう。そこで私は数週間かけて、「選択の自由」を大切にした脱感作のトレーニングプランを設計しました。
まずは私自身が彼女の「目」代わりになります。目の見えない彼女に対し、簡単な難易度に設定した小さな課題を用意しました。一歩進むごとに「安心」という結果を返す。私の声を頼りにすることで、安全が確保されるという経験を積み重ねていきました。
結果、どうなったか。
手術当日、彼女は魚(エサ)という報酬目的ではなく、
自らの意思で檻の中へ入りました。
その瞬間、私は確信しました。「行動は、強制によってではなく、経験によってのみ変わるのだ」と。これは、現在注目されている「ハズバンダリートレーニング(受診動作訓練)」の考え方そのものであり、私のトレーニング哲学の根幹です。
犬の世界への違和感と応用
Application to Dogs - 行動分析学の視点
その後、私が犬の業界に入って最初に感じたのは、「環境設計の圧倒的な不足」でした。
犬は海獣たちと違い、人間より小さく、無力です。そのため、人間は無意識のうちに力でリードを引いたり、大声で制止したりして、行動を物理的に「制御」できてしまいます。しかし、力で抑え込まれた犬は、自ら考え、行動を選ぶ機会を奪われてしまいます。
私は、犬のいわゆる「問題行動」を行動分析学の視点でこう定義しています。
「問題行動とは、学習の記録である」
例えば、「吠える」という行動。それは「怖いから吠えている(感情)」ではなく、「吠えた結果、怖い対象が遠ざかった(結果)」という成功体験によって維持されています。「逃げる」という行動も、「逃げることで安全を確保できた」という経験が強化しているのです。
dog funが提供する科学的トレーニングにおいて、行動そのものをただ「やめさせる」ような矯正は行いません。そうではなく、「吠える必要がない」「逃げる必要がない」と犬自身が理解できる、新しい経験と環境を設計することを目的にしています。
dog funが目指すこと
Philosophy - 私たちのトレーニング哲学
dog funのトレーニングでは、もちろんご褒美(報酬)を使います。しかし、おやつを食べること以上に重要な報酬があります。それは「自己効力感」です。
✓「自分の行動によって、状況が良くなった」
✓「人との関係を動かすことができた」
このように感じられる時間は、犬にとって何よりも価値の高い経験となり、深い自信として蓄積されていきます。トレーニングそのものが、犬にとっての喜びになるのです。
私たちdog funが目指すのは、「犬を変える」ことではありません。
「犬が変わる経験を積めるように、
私たちが環境を変える」ことです。
港区・南青山という場所で、皆様の大切な家族である愛犬が、自ら学ぶ力を最大限に発揮できる環境を整えてお待ちしております。
論理的で、かつ温かい。本質的なドッグトレーニングを、ぜひdog funでご体感ください。
この記事を書いた人
篠原
国際ドッグトレーナー / 動物園・水族館飼育技師
米国認定資格を持ち、水族館でイルカ・アシカ等の海獣トレーニングを経験。「Am I Safe?(ここは安全か?)」という犬の問いに寄り添い、ストレスを最小限に抑えた科学的トレーニングを専門としています。
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